この人の本が出るのを待っていました。
日本最強の音楽解説系YouTuber(だと個人的には思っている)、みの氏によるポピュラー音楽の通史本です。
読みやすいのにとにかく濃い内容なので、今回はこの本を書評していきます。
初っ端からアツい!ミュージックツリーと20世紀の名盤50
本書は冒頭から、みの氏の知識と情熱が爆発しています。
ページを開くと、まず出てくるのがミュージックツリー。
ロックを軸に、どの時代にどんなジャンルが生まれ、それが後にどのジャンルに影響を与えたのかなどが、一目でわかる図です。
それぞれのジャンルの代表的なアーティストも書かれており、これだけでポピュラー音楽の歴史をたどれます。
そして、序文の直後にあるのが20世紀の名盤50。
戦前から90年代にかけて、それぞれの時代を代表するアルバムをみの氏が厳選したものです。
60年代ではビートルズの『サージェント・ペパーズ』、70年代ではピンクフロイドの『狂気』など、歴史に名を残す名盤が載っています。
個人的には、90年代の名盤の一枚として、ポーティスヘッドの『ダミー』が選ばれていてテンションが上がりました。
ヒップホップをイギリス流に解釈し、美しくも陰鬱な世界観を作り上げた、「トリップホップ」の大傑作です。
ポップスの源流にはアメリカの黒人の音楽がある
本書の特徴として挙げられるのが、ブラックミュージック(アメリカの黒人発祥の音楽)へのリスペクトです。
現代のポピュラー音楽の源流をたどると、ジャズやゴスペル、ブルースといった、アメリカの黒人が作り上げた音楽に行き着きます。
90年代に黄金期を迎え、現在の音楽シーンでも大きな位置を占めるヒップホップも、黒人が作ったものです。
つまり、ポピュラー音楽の歴史は、アメリカの黒人の活躍なしには絶対に語れないということです。
本書ではこの点を重視していることが、初めから終わりまで感じられます。
また、黒人音楽は、奴隷制度や差別、貧困といった深刻な社会問題と切り離せません。
例えばブルースは、過酷な奴隷労働の中で、自分自身や仲間を鼓舞するために歌われた労働歌「フィールド・ハラー」が起源だそうです。
ヒップホップも、差別や経済格差などを背景にして人気を得ていきます。
こうした制度や苦境に対する怒りや悲しみが、ブラックミュージックの奥底に流れています。
自分なりに解釈すると、アメリカの黒人が抱えてきた(そして今も抱えているであろう)負の感情を音楽に昇華することで、歌声や演奏、リズム、歌詞などに圧倒的なエネルギーが宿ったのだと思います。
みの氏が本書の中で、常に社会問題と音楽を関連させながら論じているもの、こうした背景があるからです。
ブラックミュージックと白人アーティストの融合
音楽の歴史をたどると、ブラックミュージックに影響を受けた白人が、それをリスペクトしつつ、白人としての表現を確立してきたことがわかります。
代表的なのは、エルヴィス・プレスリーです。
みの氏はプレスリーを「黒人のワイルドな部分をストレートに表現し」、「いかに黒人のR&Bに近づけるかと、本気の姿勢で挑んだ初めての白人ミュージシャン」と評しています。
イギリスでも、ブルースなどアメリカの黒人音楽がラジオで流れるようになったことで、それをベースにした「スキッフル」という音楽が流行します。
ジョン・レノンやポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンは、当初スキッフルのバンドを組んでいましたし、ローリングストーンズも、ブラックミュージックに大きな影響を受けています。
アメリカの黒人音楽がイギリスの白人文化と融合することで、歴史に名を残すロック・スターが生まれたということでしょう。
邦楽と洋楽の関連
みの氏は洋楽の歴史だけでなく、邦楽の歴史も洋楽と関連させつつ論じています。
日本では、戦前からすでに、欧米の音楽と日本土着の音楽の融合した形が見られるといいます。
代表的なのは、外国の曲の旋律に日本語の歌詞を乗せた「唱歌」(「仰げば尊し」や「蛍の光」など)です。
戦後になると、ロックやフォークをはじめ、洋楽がより直接的に流入してきます。
ただ、ここで日本独特の事情が作用します。
欧米ではアーティストが自作の曲を演奏するのが主流となる一方で、日本では洋楽に影響を受けたミュージシャンでも、レコード会社の意向に沿って外部の作曲家や作詞家が書いた曲を演奏するのが一般的でした。
みの氏はこれを「歌謡秩序」と呼んでいます。
「歌謡秩序」は日本の音楽業界で大きな存在感を持っていましたが、大瀧詠一や井上陽水、荒井(松任谷)由実や山下達郎など、徐々に「自作自演」を基本とするアーティストが活躍するようになっていきます。
邦楽が世界を制する?
みの氏は邦楽の未来に大きな期待を寄せています。
サブスクリプションやYouTubeが普及したことで、世界中の音楽を誰もが手軽に享受できる時代になり、すぐれた邦楽が世界に「発見」されやすくなってきたためです。
例えば、竹内まりやの楽曲(「Plastic Love」)がYouTubeで何千万回も再生され、海外からのコメントが殺到するといった状況が起きています。
現代の邦楽は、洋楽の影響を受けつつも、民謡や音頭といった日本古来の伝統も引き継いでいるのが特徴です。
海外のアーティストが邦楽に影響を受けた音楽を生み出す、という未来も想像できるとみの氏は言います。
これは、日本の伝統的な音楽文化が海外ミュージシャンに(間接的であれ)つながることを意味します。
そうなると日本人としては非常にうれしいですが、その際に重要なのは、日本人が邦楽の歴史をきちんと把握することと、「邦楽が世界で弄ばれないためのプライド」を持つことだといいます。
実際、アメリカの黒人たちは、白人が自分たちの音楽を模倣する際、質が悪ければ容赦なく批判し、質が高いものだけを受け入れるという姿勢を貫いたことで、ポピュラー音楽の世界をリードし続けてきました。
邦楽が世界にインパクトを与える上で、日本人にもこうした審美眼が必要だとみの氏は力説します。
おわりに
今回は、みの著『戦いの音楽史』を取り上げました。
みの氏の恐ろしいまでの音楽に関する知識と熱意、そして日本の音楽に対する誇りが詰まった一冊です。
音楽好き(特にロック好き)の人は、絶対にハマる内容だと思います。
音楽の歴史を社会史と関連させることで、古今東西の音楽をより深く楽しめるだけでなく、世の中の動きを見る目も養われると思います。
そういった観点から読んでみても、非常に面白い本だと言えます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。