はじめに―苦い思い出―
某県庁で働いていたとき、上司にADHD(発達障害)ではないかと疑われたことがあります。
当時いた部署では細かい数字を扱うことが多かったのですが、ケアレスミスが多く、よく注意されていました。
またスケジュール管理が甘く、苦手なタスクを後回しにして、期限ギリギリになってようやく手をつけることも日常茶飯事。
ミスの多さや後回し癖のせいで、仕事の効率も悪く、一人遅くまで残業することもよくありました。
タスクがいくつも重なるとすぐに慌ててしまい、どれも中途半端に手をつけて仕事の質が下がってしまったり、やるべきことを忘れてしまったり、なんていうこともしばしば。
当時の職場では電話や窓口の応対が多く、そのたびに目の前の仕事が中断されてしまうため、集中力が分散されてしまうのを常に感じていました。
そんな状態だったので、注意散漫や多動(やたらと慌てる、テンパる)といった特徴が目立ち、ADHDだと思われてしまったのでしょう。
ただ、確かにそうかもしれないと思った一方で、どこか腑に落ちない感じもしました。
たとえばADHDには衝動性という特徴がありますが、小さい頃からこの傾向はほとんどありませんでした。
むしろ、どちらかといえば何事にも慎重なタイプだったと思います。
注意散漫や多動っぽい症状が現れることは確かにあるのですが、状況によっては逆に、細かいところに気が付いたり、じっと落ち着いて物事に取り組めたりします。
(例えば文章を書いているときや読んでいるとき、誤字・脱字にすぐに気が付きます)
またADHDの人は人の気持ちを察しにくいとも言われますが、僕は逆に、相手がどんな感情を抱いているのかわりと気づく方です。
のちに、HSPという概念を知ったことで、これまでのもやもやが解消されました。
自分はADHDではなく、HSPだったのだと確信したのでした。
では、なぜ当時の上司はHSP気質の僕に対し、ADHDの疑いをもったのでしょうか?
それは両者に共通の特徴が見られることが多いからです。
今回紹介する本『HSPと発達障害 空気が読めない人 空気を読みすぎる人』では、HSPとADHD(発達障害)の共通点や違いが詳しく解説されています。
かつて仕事に悩んでいたときに読んでおけばよかったと思える一冊です。
ちなみに当時、ADHDなのではないかと悩んではいたものの、医療機関は受診しませんでした。
仮にADHDなどの発達障害だったとして、仕事ができないのを「障害」のせいにするのは、自分に甘えている感じがして嫌だったのです。
自分への甘えを断ち切ろうとすると、自責の念が強くなっていきます。
当時、職場でメンタルヘルス検診があったのですが、「抑うつの傾向が見られるため、医療機関での受診をすすめます」との結果が返ってきました。
ただ、それでも結局受診せず、うつ状態になるのは「甘え」だと自分に言い聞かせて、気合と根性でなんとか仕事を続けていました(今思うとよく潰れなかったなと思います)。
このように自責の念が強いのも、HSPの特徴の一つのようです。
HSPと発達障害とは?
そもそも、HSPと発達障害には、それぞれどんな特徴があるのでしょうか。
以下で紹介していきます。
HSPについて
HSPとは「ハイリー・センシティブ・パーソン」の略で、「人一倍敏感で繊細な人」のことを指します。
アメリカの心理学者エレイン・アーロン博士が提唱した概念で、以下の4つの特性を持つとされます。
- 深い情報処理を行う(Depth of processing)
- 過剰に刺激を受けやすい(Overstimulation)
- 感情の反応が強く、特に共感力が高い(Empathy and emotional responsiveness)
- ささいな刺激にも反応する(Sensitivity to subtleties)
本書では、より具体的に
- 「光や音」などに敏感に反応する。
- 人の影響を受けやすく、特に責められると身体的な不調に襲われる。
- 人混みが苦手で一人遊びが好き。
- サプライズが苦手で何事にも驚きやすい。
といった特徴があると紹介されています(p.3)。
発達障害について
発達障害とは、「生まれつきみられる脳の働き方の違いにより、幼児のうちから行動面や情緒面に特徴がある状態」で、「自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)、学習症(学習障害)、チック症、吃音」などが含まれます(厚生労働省HP)。
※本書は、特にADHDについて取り上げているので、本記事でも「発達障害」というときは、ADHDを念頭に置きます。
発達障害(ADHD)には、「落ち着きがない、待てない(多動性-衝動性)、注意が持続しにくい、作業にミスが多い(不注意)といった特性」が見られます( 厚生労働省HP )。
脳のある部分が機能不全に陥っているのが発達障害であるのに対して、脳の同じような個所が過剰に働いてしまうのがHSPであると著者は言います。
なお、「発達障害」は正式な医学用語で、障害が認められると公的な支援を受けられる場合もありますが、HSPはあくまでも気質の問題であり、病気や障害ではありません。
HSPの人が発達障害と間違われてしまう理由
冒頭の僕のエピソードだけでなく、HSPの人は医療機関でも発達障害と間違われてしまうことがよくあるそうです。
なぜでしょうか。
表面上の特徴が似ていることが多いから
第一に、表面上の特徴が似ていることが多いからです。
例えば「頭の中に次々といろんな考えが浮かぶ」、「心配事が浮かぶと、頭から離れなくなってしまう」、「想定外の出来事に弱く、パニックを起こしてしまう」などの特徴が、両者によく見られます。
しかし、HSPは外部の刺激に対する「過剰反応」としてこれらの特徴が現れる一方で、発達障害は脳の機能そのものに原因があるというのは、先に見たとおりです。
「多動」に着目すると、HSPの人は外部の刺激に敏感で神経がたかぶりやすく、落ち着きがなくなったり体を頻繁に動かしたりすることがよくあります。
そのため、ADHDの多動性と誤解されやすいようです。
HSPはミラーニューロンの働きが強いから
また、HSPは脳の中にあるミラーニューロンが発達しているため、ADHDと間違われやすいと著者は言います。
ミラーニューロンとは、いわば「脳の中の鏡」です。
他人の言動をマネし、その人に同化しようとすることで、他人の技術やノウハウを身につける働きがあります。
ミラーニューロンが発達しているということは、学習能力が高いということで、まぎれもない長所です。
しかし、周りに発達障害の人がいれば、その人に影響され、自身も発達障害の傾向を持ってしまうおそれもあります。
著者は、「発達障害のグレーゾーンにいるのは、こういった人たちではないか」と述べています。
※なお、著者の高田氏のように、もとから発達障害とHSP両方の傾向を持っている人もいるようです。
HSPと発達障害の違い
HSPと発達障害の(表面上の)特徴には共通点もありますが、明らかな違いもあります。
最も違うのは、空気が読めるかどうかです。
発達障害は空気が読めず、コミュニケーションに支障が出るのに対し、HSPは空気を読みすぎて他人に振り回されたり気疲れしてしまったりします。
また、「衝動性」に関しても正反対です。
発達障害の人は思ったことをすぐ口に出す傾向がありますが、HSPは他人の気持ちを考えすぎたり、他人からどう思われるかを気にしたりするため、身動きが取れなくなることがよくあります。
なぜHSPや発達障害が注目されるようになったの?
最近は発達障害やHSPがメディアで取り上げられることが多くなり、自分が発達障害/HSPだと公言する著名人も増えています。
注目されるようになった背景には、何があるのでしょうか。
発達障害は脳の機能の問題ですが、機能不全の人が最近急に増えたと考えるのは不自然です。
また、HSPはどの社会でも全体の15~20%ほど存在するのが普通で、これも急に増えるとは考えられません。
高田氏はここで、社会全体の問題に目を向けます。
つまり、現代は発達障害やHSPの人たちが生きづらい社会になっているのではないか、ということです。
「発達障害」的な症状を見せる人が増えたのは、ストレスが過剰に増えた現代社会こそが病的であり、健全に機能していないからではないか、というわけです。
『HSPと発達障害』, p.81
現代は刺激に溢れた社会で、HSPの人にとっては、その敏感さが却って仇になっている面がある。現代ストレス社会のなかで、身を守るために周囲に過剰反応してしまうのです。
同, p.85
現代は同調圧力が強く、発達障害やHSPの「個性」が悪い意味で目立ってしまっているのでないか。
またさまざまなタスクを要領よくこなすことが苦手な発達障害やHSPの人は、「スピード」が重視される現代社会で、生きづらさを抱えやすいのではないか。
本書を参考にしつつ自分なりに解釈すると、このように言えるのかもしれません。
HSPや発達障害に関する本はたくさんありますが、社会全体の問題にまで言及しているものはあまり多くありません。
本書はそこまで踏み込んでいる点で、非常に興味深いですし、考えさせられる内容だと思います。
HSPや発達障害の人が生きやすくなるために
ただ、生きづらさの原因は現代社会にあるといったところで、別の時代にタイムスリップはできません。
生きづらさをやわらげるために、個人レベルで努力しなくてはならないということです。
具体的にどうすればいいのでしょうか。
本書で紹介されているものをいくつか挙げます。
自分の「困った」傾向やクセを「長所」にする
まずは自分の傾向やクセを知るのが第一歩です。
その上で、自分の「困った」クセや傾向を「長所」として捉えることを高田氏は提案しています。
例えばHSPであれば
- 気が弱い・シャイ→繊細
- 人に振り回される→感受性が強い
発達障害なら
- 多動性→エネルギッシュ、好奇心旺盛
- 衝動性→反応が早い
- 過集中→好きなことにはものすごい集中力を発揮
といった感じです。
また社会的なステータスよりも、自分の長所を生かせるような仕事を選ぶのがよいそうです。
「困った」・「苦しい」の対処法
とはいっても、「困った」ことや「苦しい」ことを完全に避けることはできません。
そこで、自分の「困った」傾向やクセを周りの人に伝えておき、何らかの協力や配慮をしてもらうのが大事だと高田氏は言います(その際、ただ「これはできない」とだけ言うのではなく「これはできないけれどこれはできる」と言う方がよい)。
そうすることで、自分も周りの人もストレスを感じにくくなります。
たとえばコミュニケーションが苦手でも、生きていく上で人間関係は大事です。
会話が苦手なら「ありがとう」や「すみません」、それに挨拶など、まずは最低限の対応を心掛けるようにしましょう。
それだけで相手の印象は大きく変わるといいます(簡単な会話のマニュアルを作っておくのも効果的だそうです)。
このほかにも、HSPや発達障害の人が苦手なことに対処するための具体策がたくさん載っています。
すぐに実践できるものばかりなので、今悩んでいる人にもきっと役に立つでしょう。
おわりに
HSPや発達障害は最近広く知られるようになりましたが、それでも当事者にしかわからない苦しさや生きづらさは存在します。
それをやわらげるために、周囲の理解が必要なのはもちろんですが、結局のところ一番大事なのは、自分がどう生きるかなのだと思います。
現代社会は確かに窮屈ですが、その中で生きていかなくてはいけない以上、自分にできる範囲で、生きやすくなるよう工夫するしかありません。
例えばHSP気質の僕にとって、「これが苦手なので配慮してください」と周りに伝えるのはものすごくエネルギーがいります。
それでも、自分や周りの人のストレスを減らすためには、やはり頑張って伝えなくてはならないのでしょう。
「自分のクセや傾向を生かす」ことに関しても、やはり努力は必要です。
本書には「HSPの多くはアーティストの感性を持っている」と書かれていますが、感性があったとしても、それを仕事にするのは簡単ではありません。
「困った」クセや傾向を「長所」に変えるには、それなりの覚悟が必要なのだと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。